蛍光灯が宇宙になったなら

底辺雑記ブログ

フィクション

「現状は最悪だ。精神的にも社会的にも僕の身は危うく、体力も雀の涙ほどしか無い。これは非常にまずい状態だ。ところで君は死について考えたことはあるかい?僕はある。とは言ってもこの世から脱した人達―僕は自殺した人のことを決して''逃げた"なんて形容することは無い。何故なら逃げたなんて表現を使ってしまっては、この世に留まり彼らが恐らく脱することの原因の一つになったであろう愚かな根性論者が彼らを負かしたと錯覚させてしまう恐れがあるからね―を羨ましがったり死後の世界について空想したりと、浅いことしか考えたことはないのだけれど……。そうか、君も人間だから一度は考えたことがあるよね。すまない、僕は君を見くびりすぎていたよ。あまりにも僕と君は異なった環境にいるものだから、君はそういうことを考えたことがないとばかり思っていた。ハハハ、俺も少しは考えたことがあるって?それは本当に申し訳ない。ほら、君も飲んだらどうだい。今日は僕の奢りだからね。普段飲めない高級な酒でも頼んだらいい。…………普通のビールでいいのかい?遠慮しないで好きなものを注文すればいい。……そうか、ならいいんだ。おっと、話が脱線しすぎてしまったね。そう、死についてだ。これは僕の独り言だと思って流してくれればいい。そして曖昧にでもいいから君の心の奥底に留めておいて欲しい」


その人は自分と同じビールを頼んで、事前に机に置かれていたお冷を口にした。彼の口にはそのお冷の温度は冷たすぎたらしく、目を瞑り、口をすぼませて顔を一瞬くしゃっとさせた。そして無味のコップの中の液体をじっくりと味わうように口周りの筋肉を動かし、喉仏が運動するのが見えた。彼は本当はビールなんか嫌いなはずなのに、何故かビールを頼んでいた。しかもジョッキだから全部飲むのは大変だ。彼はこういう性質なのだ。彼は彼自身のことを他人のことなど気にもしないで話す代わりに、その他の行動を他人に合わせてばかりいた。否、これは共有したかったのだろう。古来の友人と同じ酒を飲むことで、自分と彼自身の心情を、彼は一致させたかったのだ。



「死後について僕は考えてみたんだ。死後っていうのは誰にも分からない。どんなに学問に携わる人であろうと、死の先は不明瞭の道を辿る。死は僕ら人間、否、生命体に生まれたからには死は必然であるにも関わらず、その真相は分からない。不思議なものだね。だからこそ僕は怖いのだ。某宗教の信者たちは必ず楽園にいけると信じているみたいだけど、アレは盲信だ。必ずしもそうというわけじゃなく、アレはそうあって欲しいという願望なのだ。楽園に行きたいという欲望そのものなのだ」


彼は咳払いをして、持論を語っている最中に運ばれたビールジョッキを口元に持っていき、グイッと勢いをつけてジョッキの中のアルコールを流し込む動作を行った。同時に彼は眉毛を八の字にして、目尻と目頭に大胆な皺を発生させた。ジョッキから口を離すと、中年親父みたいに息を吐き出して、Ahとしわがれた声を出した。何だこれっ、やっぱりビール美味しくないなぁと彼はコソコソしたあと、また咳払いをして語り始めた。煩いやつだ。


「先程僕は死の話をしたけれど、僕は生だって怖いのだ。もしかしたら死よりも怖い可能性だってある。釜茹で地獄、針山地獄の何百倍も怖い可能性だってあるんだよ。ただ、あくまでも可能性の問題だけどね。それでも僕は死よりは生を選ぶことにしたんだ」



「それは何故かって?」



「簡単だよ。死はどうなるか完全にも不完全にも分からない。完全なる未知の領域なんだよ。しかし生きていればどうだ?確かに死と同じでどうなるか分からないのが現実だ。けれどある程度は想像はつくだろう?不幸になったとしても、今以上に事態が最悪になったとしても、何とかなる可能性は充分にあるんだよ。それにこの世に存在する不幸は、ある程度はどんなものかは想像がつく。けれど死は想像がつかないからね。もちろん想像がつくのは幸福についても同じことだよ」


…………。


思うところがある。


「貴方は変に楽観的ですね…………。何とかならなかった子は、想像力のなかった人は…………」


はじめて口を開く。



「僕はあくまで持論を語っているだけで超能力者じゃないから分からないよ。でも僕らはまだ何とかなっているし、人並みには、否、人並み以上の想像力を持っている。だからこそこんな楽観的なことが言えるのかもしれないね……」



「僕はね、生きろよなんて無責任なことは言わないけれど、そういう考え方をして生きてみてもいいんじゃないかって思うんだ」


「これは希望だよ……」


「希望……ですか」


希望、という言葉を復唱してみる。それは変な感覚がした。希望。それは世の中に満ち溢れているはずのものなのに、自分たちにはクソほどしか無い。ダイアモンドのような希少のつぶほどしか無い希望とやらに這ってでも縋るしか道は無いらしい。だとしたら希望なんてクソそのものだ。希望というのは晴れやかで煩悩すらも爽快に見えないといけない。ヒエラルキーの上の奴らの希望とはそういうものだ。それなのに自分らみたいな下層の奴らの希望は煩悩が煩悩に見えてしまって、光でさえも闇に隠れてしまうかもしれない状態なのだ。なぁ、希望といっても全然違うんだ。自分らはクソみてえな希望をクソみてえに求めなきゃならねえんだ。


分かってくれよ。


自分もビールを飲み干して、軽く話をしてから会計をする。彼と二人で簡素な居酒屋の暖簾を背をかがめてくぐり、暗い夜のコンクリートを履き古したシューズでゆっくりと踏む。あざっしたーと粗雑で少々乱暴な居酒屋店員の声を耳に残して夜空を見上げる。灰色に黒を少し混ぜたような不安な色した雲が宇宙を覆っていた。向こう側には月が見える。ぼやけた光が、微かに二人を照らす。

私をギャルと形容した男

「ギャルみたいだね」


マッチングアプリで出会った、ジージャンを羽織ろうとした私に向かってそう言い放ったあの男のことは、きっと忘れることができないだろうと思う。


ワンナイトラヴ…


24歳だという彼はマッチングアプリのチャットで性行為しないかと持ちかけてきた。私は合意して、性行為の経験はあるけれど挿入経験がないとの旨を伝えた。


すると彼からエロいねなんて返信が来た。


後日、ふりしきる雨のなか、ビニール傘をさしながら私は千葉の某所でおそらく仕事帰りなのだろう、スーツを着た彼と会った。


陰気な私とは正反対の、チャラそうな整った男だった。


初めまして、とありきたりな挨拶を交わしたあと、私を駅前のラブホテルの前に連れてきて、こういった所は初めて?と聞いてきた。なんて返答したかは覚えていないが、適当に誤魔化しておいたことだけは記憶している。


ホテルの中に入る。前払いだった。私は支払いと部屋決めをする彼の横で財布を手にし、後から入ってきたカップルらしき男女を横目に、ボーッと突っ立っていた。


部屋に入室すると、割と広い空間があった。私は羽織っていたジージャンを、彼はスーツの上着をハンガーにかけて、紅色したソファに座った。


「何で会おうと思ったの?」


彼は私の肩を抱き寄せて言った。私は俯いた。


「…………」


無言になった。


「寂しくて……」


勇気を出して口にしてみると、彼はおいで、と彼自身の膝の上に手招きした。恐る恐る膝の上に座る。


重くないだろうか、と不安がよぎる。


数分の時が流れて、私達は衣服を脱いでシャワーを浴び、白いベッドにあがった。私が仰向けになり彼が上になる。彼はキスもせず、胸も揉まず、秘部を肉厚な手で触り始めた。


彼の日焼けした顔がオレンジの照明に照らされるなか、私は声を漏らす。


「じゃあ、挿れるね。ゴムは付けるから」


その言葉のあと、彼のそれが秘部に当たって今にも挿入されそうなのが分かった。グン、とした痛みが駆け巡って、あっ、痛い、と思わず声をあげる。


「痛かった?」

あっ、大丈夫……とまた声をあげるが、どうにも入り口が小さいのかはたまた相手のそれが大きいのか、それともそのどちらもなのかは分からないが、入らないらしい。


「入らないかぁ」


彼はちょっと困ったような、それでも優しげな顔をして、じゃあ後ろ向いてと言うのでバックの体勢になる。


彼がそれを挿入しようと秘部に押し当てた瞬間、私のすねに痛みが走った。


「痛っ、足つった!」


正直に言うと、彼はまたもや入らないかぁと困ったような優しげな顔をして、仰向けになった。


「気持ち良くして……」


彼のそれを舐めたり胸の突起物を舐めたりすると、彼は吐息と小さな喘ぎを漏らして、とても気持ち良さそうな顔をした。


「きもちぃ……」


あまりに気持ちよさそうな表情をするものだから、私は微笑みながら可愛いなんて言葉を彼にぶつけた。


射精をし終えティッシュで精液を拭き取ると、私達はベッドの上で横になりながら他愛もない話をした。


「休日何してるの?」


暫し悩む。


「んー、読書かな」


本を読む頻度はそんなに多い訳ではないが、何もしてないなんていうわけにもいかないのでそう答えた。


「何読んだりするー?」


「えー、三島由紀夫とか」


これも適当に答えた。三島由紀夫の本は読んだことはあるものの難解で、私の頭では理解し難いものだったので何読むという質問にこの答えは不適切な気がした。


大森靖子の曲「死神」の冒頭、履歴書は全部嘘でした 美容室でも嘘を名乗りましたというフレーズが一瞬頭を横切った。


「あ、金閣寺の人!」


「そうそう」


「どんな話だったっけー?」


あらすじと結末を話す。


その他にも色々な話をした気がする。気がする、というのは正直何を話したかは記憶が曖昧だが、彼と話すのは楽しかった。彼も楽しそうに笑っていた。


ああ、そういえば彼氏いるの、いない歴年齢なんですよ、というやり取りもしたっけ。


少しの時間だったが話をしたあと、私達はシャワーを浴びた。彼の裸を見て私は抱きつきたい気持ちに駆られたが躊躇が勝った。


衣服を着た。お互いハンガーにかけてある服を着る。彼は私がジージャンを羽織るのを見て、ギャルだと言った。


私はギャルではない。ギャルになれたらどれほどいいだろうかと思う。むしろギャルとは真反対の陰気な性格だ。


なぁ、ギャルになれるもんならなりたいよ、青年。


私は何故かこの日のワンナイトラヴが記憶にこびりついている。キスすらもしてくれなかった男だけれども、彼との会話は楽しかった。短い時間での会話だったけれど、私はあの時だけ素を出せた気がするのだ。


私はあの日のような会話を追い求め、いつかギャルになれることを夢見て生きてゆくのだろうか。





19歳、狭間と違和

私は先月19歳になった。時の流れというものは早いもので、中学生の頃は早く大人になりたいなんて思っていたのに、いつの間にか大人になりたくないと思ってしまっている。


大人になれば自由が待っているとばかり思っていたのに、自由になれば希望があるとばかり思っていたのに、待ち受けていたのは変わらぬ絶望だった。


19歳。


世間的に見ればまだまだ若い方で、私の年齢や性質を知らない人に19歳ですなんて宣告したら、若いね〜とか、希望があっていいね〜なんて言われてしまうだろうが、私自身もう19歳という年齢になってしまったことに絶望を感じている。

実際のところ、希望なんて無いに等しい。19歳という長いようで短い短いようで長い年月の中なにも積み上げてこなかったのだから無いも当然だ。自然の摂理だ。


絶望を感じているのは年齢のせいでも、加速する世界のせいでもない。私自身のせいだ。19歳という年齢ではなく19歳という年齢に見合っていない内面と精神性に、私は絶望している。


けれど敢えて言おう。


年齢のせいにさせてくれと。


私がこうなのは、加速する性質を持った世界のせいだと。


19歳という年齢は何もなし得なかった私にとってあまりに残酷であることに気づいてしまった。自身を少女と形容するには私は歳をとってしまったし、大人と形容するには内面と精神性は幼く、成長しない子供のまま。


セーラー服もブレザーも強制的に脱ぎ捨てられてしまい、私は中高生という称号に甘えることが出来なくなってしまった。


否、私自身セーラー服もブレザーも早く脱ぎ捨てて自由になりたかった。脱ぎ捨てることを望んでいたのは紛れもなく私自身なのだ。けれどそれが今では脱ぎ捨てられてしまった、なんて形容して、縋っている。


制服を脱ぎ捨てても、私は大人になれない。顔に化粧品を塗りたくって大人の世界に飛び込んだつもりでいても、結果はほとんど変わらない。かといって子供のまま甘えることもできない。


早く現状から逃げ出したいなんてそんな夢見心地を思ってばかりで、実際は早く現状から逃げ出したい私に囚われてしまっている。


内面と精神性は変わらぬばかりで、感情だけが先走って大人になった感覚でいる。


他の人間が一生懸命何かに熱中して躍起になって活気に溢れているのを見て私は取り残された気分になるけれど、それを見ても私はずっと取り残されたままなのだろうと思う。


活気に満ち溢れている人間の横で、ボーっとくだらない感情を心の中で消化しながら日々を何となく生きている私を想像すると、思わず笑ってしまいたくなるがきっと笑っている場合ではない。


私は何もなし得ないまま無様に生きていくのだろうと思うとそんな自分自身に嫌悪するけれど、きっと私は自分自身に嫌悪したまま無様に生きていくのだろう。


変わりたいなんて思いつつ、変わらないままの自分自身がそこにいるのだろう。


私はまだまだ子供だ。


早く本当に大人になれる日が来るといいな。

夏の地方都市にて

某日。


むせかえるような暑さと、煩く耳を支配する蝉の鳴き声を背に、私は地方都市の駅の近くを目的もなく歩いていた。


お世辞にも高いとは言い難い雑居ビルの熱風を体全体に受け止めて、人混みを掻き分けてゆく。


道端。端正な顔立ちをしているお兄さんと目が合ったような気がして、私は思わず目を逸らして下を向き、再度顔をあげる。


綺麗な女性がこちらを見ている気がする。実際はどうであるのだろう。被害妄想?だといいのだけれど。


道路を走る車でさえもが私を見ているような感覚にとらわれる。横断歩道を渡るたび、なんだこいつと思われてはいないだろうか。そんな気持ちになる。


日常生活を送るだけで襲ってくる不安が私の脳内でいっぱいになって、心臓が大きく鼓動してこだまする。ティンパニを叩くがごとく。


そんな私の想いを無視するように、夏の太陽が私を照りつける。私だけを傷つけるように。


本当は私自身だけではなく他人もその太陽は傷をつけているのだけれど、人間の思考とは愚かなものでそう錯覚してしまう性質を持つらしい。


空を見上げると、雑居ビルの上は無限の青が広がっていて、ファンタジーのような純白と柔らかさを見せつける雲が優雅に浮遊している。


太陽の方向を見ると、紫外線が激しく照りつけ快晴の青さまでも遠ざけていた。


外出は駅に始まり駅に終わる。


駅というのはあまり好きではない。特に電車から大量の人間が降りてくる瞬間と、降車した人間が階段を登ってホームから駅ナカへとやってくる風景、或いは駅ナカからホームへとやってくる風景がとても苦手だ。


電車の座席が空いているのを確認して座る。


私が座ったことにより隣の人間の思考の変化の有無が気になってしまう。それがプラスの思考ならいいのだけれど、空想するのはマイナスな思考ばかり。


私臭くないかな。このヒトから私はどう映っているのだろう。


人間というのは見知らぬ人間にも最低なことを思えるもので、それがどうしても頭の中を駆け巡ってしまう。


正面を見るとこれまた人間が座っている。


ブサイクって思われていないかな。こっち見んなとでも思ってるのかな。


そんなマイナスな思考ばかりが私を支配して、それでも私はスマートフォンを弄ったりバッグに忍ばせた本を取り出して読んだりして、なんでもないふうを装っている。


私の素は、私の本当は健常でも何でもなく、ただの気持ちの悪い人間なのだけれど、せめて表向きは健常者でいられたらいいなと思う。


否、思考でさえも私の内面でさえも私の交友関係でさえもまともにしてほしいものだ。


蝉が煩く鳴いていても、それが鬱陶しく感じないような夏が訪れますように。

かけ離れた自分自身

私を取り囲む人間は、私という人間を理解したふりをして、私という人間の構造を決めつけて、私という人間を苦しめてきたような気がする。


気がする、というのは単純に私という人間の心が弱いだけで、私はそんな人間ではない!と主張できる強さがなかったという、たったそれだけの話なのだけれど。


小学校から高校まで一緒で、たまに話すような間柄だったクールで綺麗な同級生は、不出来な私のテストの点を見て、意外だね、と言い放ったのを私は今でも覚えている。


意外だね、というのは私という人間は眼鏡をかけていてブサイクで教室の隅っこでボーッとしているような気持ち悪い奴だから、恐らくそんな奴にはガリ勉の固定観念が彼女の中には存在していたのだろう。


彼女の中の私は半分くらいが虚構で、現実は勉強すらもできない、本当に気持ち悪い奴だったわけだけれども。


母や父にも、貴方は真面目なんだからとか、貴方ならできるとか、本読むの好きでしょとか、文章書くの得意だもんねとか、そう言ったことを言われてきたけれど。


そんなものはすべて嘘で彼ら彼女らの妄想で、せめて無能な自分の娘にはこうあって欲しいという願望で、現実の私と彼ら彼女らの私は異なった性質を持っているのだ。


私という人間は全くの真面目ではなくそれどころか怠惰で不真面目だし、本を読むのは嫌いではないが私が文章に没頭するのも無能な私自身から目を背けたいだけだ。


私がものぐさだということは先ほどの同級生には分からなくても、両親は知っているはずだけれど両親も私と同じようにきっとそんな私から目を背けたいのだろう。


それなのに、まるで私達は貴方のことを分かっているからなんて、理解したように振る舞われてしまう。


周りが創造する私の性質と、現実の私の性質は違うから。



そんなこと、当たり前の話なのだけれど。

秋葉原・メイドカフェデビュー

メイドカフェ


それは、陽キャラも、陰キャラも、社会不適合者にも、みな等しく萌え萌えキュン!美味しくなぁ~れ♪の魔法をかけてくれる、平等な空間。


私はそんな空間を体験してみたく、ヲタクの街秋葉原へと向かった。


秋葉原駅周辺は他の都市と比べると、いかにもヲタクだと分かるような顔や服装の人間が多く闊歩しており、ヲタクにウケそうなサブカルチャーの店が所狭しと立ち並んでいた。


私はそれらを横目に、都会の人の波に揉まれながら目的のメイドカフェがあるビルへと足を進めた。


ビル入口には主張が強いメイドカフェの看板があった。メイド服を着た女の子がピンク色の背景に映っていた。派手な看板に私は気まずさを覚え、人の目を気にしながらビルの中へと消えていった。情けない話である。


エレベーターで上に運ばれていくと、そこにはメイドカフェとは程遠い落ち着いた空間があった。


不思議に思って見てみると、男装カフェとの表記。店内を覗き込むとボーイッシュな短髪のお姉さんが登場。お姉さんはカウンターで外国人男性と楽しそうにお話していたが私の姿を見るなりこちらに来た。


「どうされましたか?」


「あ、すみません、階を間違えてしまったみたいで……」


「そうですか、大丈夫ですよ~!」


短髪のお姉さんは整った綺麗な顔をくしゃっとさせて微笑んだ。


男装カフェの店内はクラシックだかジャズだか分からないBGMが流れていた。バーなんて行ったことはないけれど、多分あんな感じなのだろう。


気を取り直してエレベーターで今度こそメイドカフェに運ばれた。胸のときめきを感じながらゆっくり扉を開けていくと、そこには可愛く落ち着いた空間があった。


恐る恐る店内に入ると、ツインテールの可愛いメイドさんが出迎えてくれた。そんな身分ではないが、お嬢様と言われるのはさぞかし心地がいいものである。


カウンター席と一つのテーブル席があったのでカウンター席に座った。メイドさんが丁寧にメニューの説明をしてくれたので、私はパスタとチェキのセットを注文した。


メイドさんの名前も紹介されて、私の名前も聞かれたので答えた。


店内にはパソコンを開いて仕事の片付けでもしているのだろう中年のリーマンと、陰キャ男子グループと、外国人女性グループと、50代推定男性がいた。


私は2席ほど離れて座っている50代推定男性から、メイドカフェに訪れる日本人女性は珍しかったのだろう、


「こーいう所はよく来るの?」


「ん?」


「こーいう所はよく来るの?」


「いえ、初めてです」


「そうなんだ」


との会話をした。


そして、しどろもどろになりながらも、メイドさんは優しく対応してくれた。


「お待たせしましたぁ、お待ちかねのパスタでーす!」


「それじゃあ魔法をかけちゃいましょう!一緒に萌え萌えキュンキュン美味しくなぁれ♪ってしてくれる~?」


「は、はい……」


「それじゃあ行きましょう!萌え萌えキュンキュン美味しくなぁれ♪」


「も、もえもえきゅんきゅんぉぃしくなぁれ……」


は、恥ずかしい!


恥ずかしさのあまり小声である。


アレをあのパソコン開いてるリーマンも私に話しかけてきたおっさんも奥の陰キャ男子集団もやったのか…………想像しがたい事実である。


何より店内に客がいる状態でやるという事実が恥ずかしい。


気まずさに耐えつつフォークを取り、不器用に巻いたパスタを口に運ぶ。


「おいしー?」


と、金髪ツインテールメイドさんが聞く。


はい、美味しいですと返す。


私は味覚音痴なので食べることさえできればわりと何でも良かったりするが、それよか緊張で味がしなかった。


美味しいことには美味しいのだけれど。


皿が空になり、メイドさんとちまちま会話を交わす。メイドさんはどうする?時間近いけど延長する?と尋ねた。


私は初めてなのと金銭的不安もあり延長せずセットについてくるチェキを撮ることにした。


誰と撮るー?と言われ、キャバクラっぽいなと思いつつ迷ったが黒髪ツインテールメイドさんを指名。


テーブル席の近くにある小さなスペースで、メイドさんとはい、チーズ。隣からは甘美な香りが柔らかく漂う。


少し待っててね、と言われ渡されたのはブサイクな私と、可愛いメイドさんが映っている、チェキ。顔面格差。格差社会の縮図ここにあり。


私は己の顔面の不出来さに少々ガックリしつつも、お会計を済ます。


「いってらっしゃいませお嬢様~!」


コンセプトカフェとはいえ、まるでここに帰巣するかのようなかけ声である。


ありがとうございますとお礼を言って、私は店をあとにした。

都会の魔物

茨城の辺鄙な田舎で生まれ育った私は、都会への憧憬とコンプレックスを抱いていた。


田舎者の性根が丸出しである。


何せ実家は最寄り駅からは遠く、その駅には自動改札機もない。都会や地方都市の駅では近くに行くとピッとICをタッチする機械音が連続的に聞こえるが、そこでは聞こえることはない。2009年には東京近郊区間Suicaの利用が可能になったらしいが……。


2017年には無人駅と化し、電車も一時間に一本、バスやタクシーなどの交通機関もあるにはあるものの利用するには不便。


暇つぶしや遊ぶ場所もあるにはあったが、私にはとても退屈に感じられた。友達が多いわけでもなく、私と仲良くしてくれている人間とも、頻繁に遊んだりする仲でもなかったから。


都会に若者が一極集中するのも無理はないと田舎からやってきた私は強く思う。


東京ではないが、初めて高速道路を奔走する父の車の窓から幕張のビル群を目にしたとき、私は感動したものだ。


ああ、これが都会か。


空を埋め尽くすような高層ビル群に目を奪われ、田舎では見ることの出来ない光景に高揚を覚えるとともに少しの恐怖を体感した。


初めて東京に訪れたのは、渋谷か、押上か。それとも浅草だったか。よく覚えていないけれど、そのどれかだった気がしている。


平日の朝、間違えて東京方面行きの電車に乗ってしまった時、通勤ラッシュで人が小さな箱の中にギュウギュウに押し込まれていた。背が低い私は、必死になってスーツの中年サラリーマンの腹に溺れないように踏ん張っていた。人間を掻き分け、すみませんと声をかけながら電車のドアに辿り着くのも一苦労だった。


都会は私の目を飽きさせることなく魅力する。


そうは言うものの人混みは正直苦手だ。


息が詰まるし、目のやり場に困る。それに、都会はお洒落な人間が多い。男女共にルックスのいい人間を目にすると、自分が惨めで情けなくなってしまう。お洒落だなァと街行く人々を眺めながら、私は自虐家の怪物へと成る。


自意識過剰なのは充分承知している。これは私自身の性質なのだ。根本から変わることがなければ、怪物からは逃れられない。


都会には多くのゴミが棄てられている。以前渋谷を訪れた際、煙草の吸い殻が大量に棄てられていたエリアがあったし、乗り換えで頻繁に利用する西日暮里のトイレに日が暮れてから行くと、大体飲み物のゴミが放置されていたりする。


この前西日暮里で山手線に乗り換えるとき、ペットボトルが放置されていたのでバッグに入れて持ち帰ろうと企み触れたところ、濡れていて気持ち悪かったので罪悪感とともに置いていってしまった。


極小な雲さえ隠してしまう高層ビル群を見上げながら、都会に潜む魔物へと喰われてしまう。


これからもきっと、喰われることになるだろう。


コンプレックスがゆえに。