秋葉原・メイドカフェデビュー
それは、陽キャラも、陰キャラも、社会不適合者にも、みな等しく萌え萌えキュン!美味しくなぁ~れ♪の魔法をかけてくれる、平等な空間。
私はそんな空間を体験してみたく、ヲタクの街秋葉原へと向かった。
秋葉原駅周辺は他の都市と比べると、いかにもヲタクだと分かるような顔や服装の人間が多く闊歩しており、ヲタクにウケそうなサブカルチャーの店が所狭しと立ち並んでいた。
私はそれらを横目に、都会の人の波に揉まれながら目的のメイドカフェがあるビルへと足を進めた。
ビル入口には主張が強いメイドカフェの看板があった。メイド服を着た女の子がピンク色の背景に映っていた。派手な看板に私は気まずさを覚え、人の目を気にしながらビルの中へと消えていった。情けない話である。
エレベーターで上に運ばれていくと、そこにはメイドカフェとは程遠い落ち着いた空間があった。
不思議に思って見てみると、男装カフェとの表記。店内を覗き込むとボーイッシュな短髪のお姉さんが登場。お姉さんはカウンターで外国人男性と楽しそうにお話していたが私の姿を見るなりこちらに来た。
「どうされましたか?」
「あ、すみません、階を間違えてしまったみたいで……」
「そうですか、大丈夫ですよ~!」
短髪のお姉さんは整った綺麗な顔をくしゃっとさせて微笑んだ。
男装カフェの店内はクラシックだかジャズだか分からないBGMが流れていた。バーなんて行ったことはないけれど、多分あんな感じなのだろう。
気を取り直してエレベーターで今度こそメイドカフェに運ばれた。胸のときめきを感じながらゆっくり扉を開けていくと、そこには可愛く落ち着いた空間があった。
恐る恐る店内に入ると、ツインテールの可愛いメイドさんが出迎えてくれた。そんな身分ではないが、お嬢様と言われるのはさぞかし心地がいいものである。
カウンター席と一つのテーブル席があったのでカウンター席に座った。メイドさんが丁寧にメニューの説明をしてくれたので、私はパスタとチェキのセットを注文した。
メイドさんの名前も紹介されて、私の名前も聞かれたので答えた。
店内にはパソコンを開いて仕事の片付けでもしているのだろう中年のリーマンと、陰キャ男子グループと、外国人女性グループと、50代推定男性がいた。
私は2席ほど離れて座っている50代推定男性から、メイドカフェに訪れる日本人女性は珍しかったのだろう、
「こーいう所はよく来るの?」
「ん?」
「こーいう所はよく来るの?」
「いえ、初めてです」
「そうなんだ」
との会話をした。
そして、しどろもどろになりながらも、メイドさんは優しく対応してくれた。
「お待たせしましたぁ、お待ちかねのパスタでーす!」
「それじゃあ魔法をかけちゃいましょう!一緒に萌え萌えキュンキュン美味しくなぁれ♪ってしてくれる~?」
「は、はい……」
「それじゃあ行きましょう!萌え萌えキュンキュン美味しくなぁれ♪」
「も、もえもえきゅんきゅんぉぃしくなぁれ……」
は、恥ずかしい!
恥ずかしさのあまり小声である。
アレをあのパソコン開いてるリーマンも私に話しかけてきたおっさんも奥の陰キャ男子集団もやったのか…………想像しがたい事実である。
何より店内に客がいる状態でやるという事実が恥ずかしい。
気まずさに耐えつつフォークを取り、不器用に巻いたパスタを口に運ぶ。
「おいしー?」
はい、美味しいですと返す。
私は味覚音痴なので食べることさえできればわりと何でも良かったりするが、それよか緊張で味がしなかった。
美味しいことには美味しいのだけれど。
皿が空になり、メイドさんとちまちま会話を交わす。メイドさんはどうする?時間近いけど延長する?と尋ねた。
私は初めてなのと金銭的不安もあり延長せずセットについてくるチェキを撮ることにした。
誰と撮るー?と言われ、キャバクラっぽいなと思いつつ迷ったが黒髪ツインテールのメイドさんを指名。
テーブル席の近くにある小さなスペースで、メイドさんとはい、チーズ。隣からは甘美な香りが柔らかく漂う。
少し待っててね、と言われ渡されたのはブサイクな私と、可愛いメイドさんが映っている、チェキ。顔面格差。格差社会の縮図ここにあり。
私は己の顔面の不出来さに少々ガックリしつつも、お会計を済ます。
「いってらっしゃいませお嬢様~!」
コンセプトカフェとはいえ、まるでここに帰巣するかのようなかけ声である。
ありがとうございますとお礼を言って、私は店をあとにした。