蛍光灯が宇宙になったなら

底辺雑記ブログ

ヴァージンの喪失

私は小中高とモテない女、通称喪女であった。



人は穴モテな勘違いヤリマン女に、「勘違いすんなよお前はモテてるんじゃなくてただの穴モテだから(笑)」と言うが、そういった男の性欲に起因するモテすらなかった。


悲しい話である。


そこで始めたのがマッチングアプリである。


本来ならばマッチングアプリなんて駆使したくはなかったが、こうでもしないと経験ゼロのまま歳をとっていく可能性の方が高いのだ。何故か女としての悦びを知る前から貞操観念はイカれており、精神性はクソビッチそのものであった。


ああどうか神様、こんな私を許してくださいまし。


初めて対面するその男は、ドライブしませんかとの文面を投げかけてきた。私はドライブという選択肢に若干躊躇するものの、ドライブは嫌です、それ以外でお願いしますなんて断りのメッセージを送れそうにもなかったため渋々了承した。


私はこういう性格なのだ。


そして多分こういう所がダメなんだろう。


最寄り駅の隣の駅でその男の仕事終わりの時間に待ち合わせをすることにした。その駅は乗り継ぎで利用したことはあるものの、その駅の出口の街には降り立ったことがなかった。隣なのにね。


初めて降り立つその街は、雑居ビルの看板のネオンをほどよく発していた。
駅の出口付近にあるベンチに座って煙草をふかす男もいれば、制服を身に纏う女子高生らしき女の子もいた。


私は予定の時間よりはやく着いてしまったためそれらを眺めながら待っていると、白い髭を生やした、変なホームレス風のおっさん……否、おじさんと形容すべきだろうか、に声をかけられた。


「カラオケ行かない?」


行きません。


「お金払うから一緒に行かない?」


お金払われてもなぁ。


「待ち合わせしてんの?」


待ち合わせなのに、私は何故かううんと首を横に振ってしまった。待ち合わせじゃないのなら、こんなところで携帯弄って突っ立って、何をしているのだろうか。我ながら可笑しい返答をしたと思う。


「ごめんね」


謝るなら最初から声かけるなよ……。


第一まともな感性をしていれば若い女がホームレス風の男に声をかけられてついていくわけがない。


パパ活女とでも思われたのだろうか。だとしたらそれは見当違いである。私は小遣い稼ぎにパパ活をするような女ではないし、金こそないがパパ活をするほど生活が困窮しているわけでもない。


おじさんが去ったあとも暫し柱に寄りかかり、画面越しの彼と連絡を取りながら待っていると、向こう側からそれらしき男が歩いてくるのが見えた。


丸眼鏡をかけ白いワイシャツにジーンズという、随分イケてる風の男だった。夜の暗闇で顔ははっきりとは見えず、誤魔化された。


彼に誘導され、車の助手席にお邪魔する。清涼な香りがした。父親と祖父以外の男の車に乗るのは初めてだった。


「良い香りですね」



「あぁ、芳香剤だしね」


へぇ。


私達は行く宛てもなく、夜のネオンの街を車で周回した。彼はどこに行くか決めておらず、どこへ行こうか?と何度も私に尋ねる。彼には悪いが頼りない男だな、と思ってしまった。


私自身が頼りなく優柔不断なため、相手も同様の性質を持っていると最悪なことになりそうだ。


彼が車を走らせ結局辿り着いたのは、駅の近くのラブホテルの駐車場だった。彼は獣のような目で私を見つめた。変な空気、というものが狭い車内に流れた。私は気まずさと柔らかな恐怖に身を縮めた。


脳内が白くなり、途端に虚無感に襲われる。何も考えられない。


お母さんごめんね。


一言で表すならばそんな気持ちだ。


泣いてしまいそうだったが、唇を噛んで堪えた。


私は何か強い言葉を吐かれるとすぐさま泣きそうになってしまうような虚弱な人間だが、できれば人前で泣きたくないのだ。


なけなしのプライドというやつが、私の中にもあったのだ。


彼は私の心情を察したのか、運転席からそっと私の肩を抱くと、いい?いや?と聞いた。


私は嫌だという気持ちを無言で表明した。


この日は結局ヤらずじまいで、彼は私を駅の改札まで送ってくれた。ありがとうございました、と何に対して感謝しているか分からない礼を言って、彼を横目でちらっと見た。何だか凄く残念そうな顔をしていた。


彼の意気消沈したような、雄としての魅力を失ったことに気づいたかのような表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。


あれがきっと「男」と「性欲」なのだろう。


後日、時は流れゆく。


私は寂しさのあまり彼にLINEを送ってしまっていた。彼は私から誘いがきたことに驚いていたが、再度会うことを了承してくれた。そして、今度こそヤる約束もした。休日の真昼間から、私達はラブホテルで過ごすことになった。


ついでに性経験が初めてだという旨を伝えると、彼は優しくしますよ、と言った。



当日、二度目の対面を果たした彼は、初めて対面した際に身につけていた丸眼鏡をかけていなかった。こんな顔だったっけ。



「どうして急にヤろうと思ったんですか?」



彼はラブホテルの駐車場で尋ねてきた。私は恥ずかしさで無言になった。こんな恥ずかしいこと、口に出せるわけがない。


私が黙ると、彼も黙った。黙ったまま、ラブホテルの入口にあるパネルで部屋を選び、部屋に入った。


私達は照明で薄く光る部屋に入り、レザーで出来た漆黒のソファに座った。彼は煙草を吸ってもいいか尋ねた。私はうんと頷く。


煙草の煙が白く緩やかに軌道を描いて空中浮遊し、消える。


沈黙を破るようにシャワーを浴びてベッドに侵入してゆく。


ベッドは純潔の色をしているのに私は自身が持つほぼ無意味に等しい白を略奪されるらしい。


私はベッドに倒れ込み、彼は私の身体に覆い被さると、接吻すらせずに胸の突起を指でつつき始め、秘部を勢いをつけて擦った。


優しくしますよ、と確かに彼は言ったはずなのに優しさなど微塵も感じられるはずもなく。


あーあ。


挿入しようとするも、痛みと若干の恐怖が襲う。


私は挿入を拒んだ。お願いと私に抱きつく彼の身体を軽くあしらった。


「してって言ったのそっちじゃん」


これが27歳の男かぁ。


思えばそろそろ結婚するような年齢なのに、歳下の18歳の私に挿入を懇願するような男だ……。


良い恋愛や豊かな人生を遅れるようになったらすぐさま忘れたくなってしまうようなエピソード。


挿入が出来ないと分かると、彼は横に倒れた。私は彼の少し太めの腕に抱きついた。また、泣きそうになってしまったが堪えた。


「ごめんなさい……」


彼の腕に身体を押し付けながらそう言い放った記憶がある。


暫し気まずさが放流されたのち、彼が口でしてと言うのでその通りにし、私の手の中で液体を放出した。ティッシュで雑に拭き取り、シャワーを浴び、服を着る。


彼が会計をする横で、私は薄桃色の長財布を手にしたままボーッと突っ立っていた。


嗚呼、お許しください神様、直ちにこんな思ひ出忘却の彼方に置き去りにさせてください。